多樂スパイス
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自分が好きなことを見つけて無我夢中で取り組み、ひとつずつ目標をクリアする。そうやって愉しみながら、自分という人間をぶ厚くしていく……。今がベストで、未来には未知の楽しみがある。これが、多樂の本質である、と『多樂スパイラル』のまえがきで書いたが、その原理原則は今も変わっていない。

日々の生活のなかで、森羅万象に潜む多樂をいかに味わうか。心に映りゆくよしなごとを書き留めておこう。それが読者の方々にとって、なんらかのスパイスになればとの願いもこめて…。

 

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初めてのお伊勢参り

2008.08.24

 仕事で三重へ行ったついでに伊勢神宮を訪れた。

 伊勢神宮はこういうところだったのか、と初めて知ったことがたくさんあり、自分の勉強不足を思い知らされた。

 まず、伊勢神宮は皇室の祖先神「天照大御神」(あまてらすおおみかみ)を祀る内宮(ないくう)を中心に125社からなっているということ。125社という数字にまずはびっくり仰天。

 次に、式年遷宮といって、20年に1度、新しい神殿を造営し、神宝をはじめ一切を新しくして大御神に遷ってもらう行事があること等々、「今まで知らなくて恥ずかちいー」と思ってしまうようなことが多々。伊勢神宮の入口にあたる宇治橋も遷宮の後、20年ごとに架けかえるというから驚きだ。

 とまあ、自分の無知はこれくらいにして、やはり神域にふさわしい凛とした空気がいい。宇治橋を渡って、内宮を進むと、場の波動が高まってくるのが感じられる。京都の寺院や日光東照宮のように、「これ!」といった見るべきものはほとんどない。肝心の神殿は目隠しされた状態なので、ほんの少ししか見ることができない。かわりに、あちこちに縄で囲われた結界が目につく。もちろん、中は「無」である。しかし、「無」ではなく、神が「在」るのだと思う。そう感じる。つまり、そういうことを感じられない人は、伊勢神宮へ行ってもつまらないと思う。繰り返すが、見るべきビジュアルはなく、ただ感じるだけなのだ。

 だからなのか、外国人の姿がほとんどない。京都にも日光にも外国人はわんさといるが、伊勢神宮には数えるほどしかいなかった。無理もない。特に一神教を信じている人にとって、あんなに神様がいたのでは混乱するばかりだろうし、鑑賞の対象が見えないのでは興味も半減するだろう。外国人の間では「イセジングウヘイッテモナニモナイカラツマラナイヨ」と情報が飛び交っているのでは?

 それでも、やはり伊勢神宮は世界に誇れる空間だ。

 それと、いにしえの日本人の知恵にも驚いた。古式を守りながら、装いを新たにし、心も新たにする。そのための遷宮が20年に1度あり、すでに1300年以上も続いている。こういう形式を守り続けた心情は、必ず多くの日本人のDNAに引き継がれているのだと思う。

(080824 第64回 写真は宇治橋 )

 

 

 

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