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自分が好きなことを見つけて無我夢中で取り組み、ひとつずつ目標をクリアする。そうやって愉しみながら、自分という人間をぶ厚くしていく……。今がベストで、未来には未知の楽しみがある。これが、多樂の本質である、と『多樂スパイラル』のまえがきで書いたが、その原理原則は今も変わっていない。

日々の生活のなかで、森羅万象に潜む多樂をいかに味わうか。心に映りゆくよしなごとを書き留めておこう。それが読者の方々にとって、なんらかのスパイスになればとの願いもこめて…。

 

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樹木の嘆き、哀しみ

2016.01.11

伐採後「人間の恐ろしさには、鬼だって逃げ出すわ!」

 黒澤明の名作『羅生門』の一セリフである。正確には、ちがう表現だったかもしれないが、そういう意味だった。事実、地球上のあらゆる生き物のなかで、人間ほど恐ろしく、またおぞましい生き物はいない。それでいて、ときどき神にもみまごうほど崇高な人も現れるのだから、人間は不可解な生き物だ。

 

 いま、悲痛な思いでこれを書いている。慣れ親しんだ樹木が多数、伐採されたからだ。
 宇都宮市にある総合運動公園は、その名の通り、幾種類ものスポーツ施設が集積された公園であり、以前の私の自宅の近くにあるが(現在は会社の事務所)、去る11月、公園の道路整備という理由で樹齢数十年もの大樹が大量に伐採されてしまった。エリアは広範にわたり、おそらく全部で100本は下らないだろう。
 驚くことに、一部のエリアを担当したのは地元の造園会社だ。いったい、樹木に対する愛着はあるのだろうか。長年住民と生きてきた大樹を平気で伐採しながら、「造園会社」を営めるものだろうか。わからない。お金さえもらえれば、なんでもするのだろうか。まさに「鬼」の仕業だ。
 工事の看板によれば、伐採の請け負い金額は1,422万円とある。もちろん、税金だ。住民から集めた税金で、歴史を紡いできた大樹を伐採するのだから、その無神経ぶりには開いた口がふさがらない。たかが道路を広げるためだけに、よくもこんな大それたことができたものだと思う。一定の間隔で並んだ切り株を見て、胸が痛むと同時に、おぞましさに身の毛がよだつ。
切り株 1周約1.1キロのジョギングコースの両側には、桜やイチョウが立ち並んでいたが、あるサイドの片側が全部伐られてしまった(写真右上)。その反対のサイドは、両側の樹木が伐られてしまった。ジョギングコースに隣接した道路沿いの木々も全部伐られた(写真右)。ジョギングコースの隣にあった野球場の周りの大木も多数伐られた。
 工事の完成予想図を見ると、その野球場(草野球用の小さな球場)の向きが正反対になるだけだった。たったそれだけのために、長年、人々とともに生きてきた樹木が伐採されたのだ。
 県の土木課に電話をすると、「サッカー場などの移転に伴う道路整備の一環」だと言う。さらに「渋滞で周辺の住民の皆さんにご迷惑をかけないため」と言う。
 よくもいけしゃあしゃあとこんな屁理屈が言えたものだ。どんなことにも理屈はつけられる。人殺しにだって、戦争にだって理屈はつけられる。その言い草に腹がたった。それらの木を植えた人の気持ちや、ずっと守ってきた人たちの気持ちは一顧だにしていない。
「こういうことを平気でする人の気が知れない」と言ったら、「平気でしているわけではない」と返ってきた。では、どういう気持ちでしているのだろう? 呆れて、次の言葉が出なかった。
 街路樹はもともと人間の身勝手で植えられたものだ。である以上、よほどのことがない限り、ともに生きていくのがほんとうだろう。まして、それらの若木を植えた人の気持ちを汲む必要もある。何度か前の本欄にも書いたが、明治神宮の森は、偶然今のようになったわけではない。大正時代、そこに森をつくろうという全国の人の思いによって端が開かれ、今の姿になったのだ。もし途中で伐採の計画がなされたら猛反対に遭っただろう。
 仙台市は「杜の都」と異名をとるが、植樹した人の遺志を継いで、市民が守ってきたからこそ、後世そういう冠をつけることができ、今に生きる市民が誇りに思えるのである。もし、途中で心ない人が「道路整備」を理由に伐採していたら、残されたのはただの雑然とした風景だったにちがいない。
 思えば、宇都宮市のシンボルとも言える二荒山神社の前に高層マンションを造ったのは数年前のこと。二荒山神社は高台にあるが、それを遙かに凌駕するマンションが目の前に建てられ、ある時間帯は大きな影を境内に落としている。
 かつて関東七名城のひとつと言われた宇都宮城のお堀を埋めてしまったのも地元住民だ。
 名建築と謳われた県庁舎の保存運動もあったが、結局、砂漠の真ん中に建てたような高層建築物が建ってしまった(旧庁舎は両側を切断され、敷地内に移動・保存されている)。その際、県庁前のマロニエ並木も伐採する計画だったというから呆れてものが言えない(地下に電話線のケーブルがあり、計画は頓挫。幸いにも伐採を免れたという経緯がある)。その他、歴史的建造物の多くを壊してしまったのも地元住民だ。宇都宮は東日本では数少ない、古い歴史をもった都市だが、残念ながらその痕跡をほとんどとどめておらず、地元住民も街の歴史については知らないという状況だ。私はすでに住民ではないので、物申す立場ではないかも知れないが、思い入れがあるだけに哀しみが膨れるばかりだ。

 

以前の桜並木 次号『Japanist』に掲載の内海隆一郎先生の作品『樹の声』に次のようなくだりがある。
「樹木が人間のように考えることや記憶することができるってことが分かったよ。植物すべてがそうらしいが、実験によると、彼らは一度傷つけられた相手をおぼえていたり、たがいに危険信号を出し合ったりするそうだ。そればかりか、ある種の物質を使って、外敵への防御態勢をととのえたり、害虫や菌を攻撃することもある」
「ほう、だいぶ熱心に調べたようだね」
「音楽を聴かせると植物の発育がよくなるという話は聞いたことがあったけど。植物を冷凍室に入れると、凍る前に動物と同じように痙攣するなんてことは知らなかった。ウイスキーを植物に注ぐと酔っぱらって、二日酔いの症状を見せるなんてこともね」

「彼らは生きものなんだよ。自力で移動できないだけで、おれたちよりなにも劣るところはないんだ。……しかも樹木は、おれたちより何倍も何十倍も寿命が長い」

 

 今まで、数え切れないほど走った場所だが、今年の正月を最後とする。無数の切り株を見ると、胸が痛くてたまらないのだ。
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(160111 第607回 写真上は伐採された桜並木、無残な切り株、下は以前の桜並木)

 

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