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自分が好きなことを見つけて無我夢中で取り組み、ひとつずつ目標をクリアする。そうやって愉しみながら、自分という人間をぶ厚くしていく……。今がベストで、未来には未知の楽しみがある。これが、多樂の本質である、と『多樂スパイラル』のまえがきで書いたが、その原理原則は今も変わっていない。

日々の生活のなかで、森羅万象に潜む多樂をいかに味わうか。心に映りゆくよしなごとを書き留めておこう。それが読者の方々にとって、なんらかのスパイスになればとの願いもこめて…。

 

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小川三夫の講演と自分の講演

2008.06.07

 6月1日、高根沢町で小川三夫氏の講演があった。演題は「不揃いの木を組む」。「不揃いの木」とは、実際の木と人間をかけている。

 思えば、われわれ日本人が不揃いでなくなったのは、いつの頃からか。弥生時代から江戸時代までにあらかたその基本形ができたと考えるが、決定的になったのは戦後の国策によってだろう。

 アメリカに多数いた日本専門家のほとんどが、日本の再興はありえないと判断し、日本研究をやめていったというほどめちゃめちゃに破壊されてしまった日本を復興させるには、規格大量生産方式による加工貿易しかないと判断した当時の政治家や官僚のプランにのっとって、「規格大量生産方式の日本人」が生み出されるようになってからである。学区制、主体性を持たせない教育、情報の東京一元化、貯蓄の奨励など、その時に採用されたプランは今なお健在である。

 そういう中、小川さんはやっぱり変わった人だった。高校の修学旅行で法隆寺の五重塔を見て、俺もこういうものを作ってみたいと思い、卒業前に奈良県庁を訪れて「宮大工の仕事をしたいのですがどうすればいいのですか」と訊いているのだから。その後、故・西岡常一との邂逅は有名な話なのでここでは省略。

 小川さんの最大の功績は、なんといっても「食える宮大工」を目指して独立し、実際に食えるようにしてしまったこと。現在、鵤(いかるが)工舎は栃木2ヶ所と奈良に1ヶ所あり、総勢30人以上の若者が働いているが、今までに一人前の宮大工に育てあげ、世に送り出した数は100人を越えるという。

 まさに人間教育の場でもあったのだ。

 そんな小川さんも還暦を機に社長の座を息子に譲った。

 講演の最後、やりがんなを使って実演した。「へそでひくのがコツ」と言いながら、サーッと実に美しく削っていたが、飛び入りで挑戦した一般人がやっても、やりがんなは頑として動かない。無理に動かそうとしても、途中でひっかかってしまう。小川さんが笑い、一般人が恐縮がっているシーンが右上の写真である。

 翌日、私も講演をした。31年ぶりに母校の高校に戻り、「好循環 悪循環」というテーマで1時間30分ほど話をした。いつもながら、前半は日本の近代史。なぜか日本の歴史教育は明治以降から現代までを避けるが、もっとも大切なのはその時期だと思っている。それがわからないから、歴史の延長線上に自分があるということも失念し、これからどういう対応をすればいいのか、考えられなくなる。浅田次郎も書いていたが、本来なら歴史の授業は2つに分け、歴史Aは古代から江戸時代まで、歴史Bは明治から現在まで、とするべきだ。

 次に、エリートでもない私が、高校を卒業してから今までにどのような変遷をたどったか。そして後半は、取材など、さまざまな成功した人に会って感じた「好循環になっている人の法則性」を語った。それはもちろん、裏を返せば「悪循環に陥っている人の法則性」を語ることにもなる。

 うまくいっている人に共通するもの? たぶん、10項目くらいに分類できると思うけど、みごとなくらいに共通する永遠不変の真理である。その通りにやれば、誰だってうまくいく。

 そういうものをいずれ本にまとめられたらいいなと思っている。

(080607 第52回)

 

 

 

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