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自分が好きなことを見つけて無我夢中で取り組み、ひとつずつ目標をクリアする。そうやって愉しみながら、自分という人間をぶ厚くしていく……。今がベストで、未来には未知の楽しみがある。これが、多樂の本質である、と『多樂スパイラル』のまえがきで書いたが、その原理原則は今も変わっていない。

日々の生活のなかで、森羅万象に潜む多樂をいかに味わうか。心に映りゆくよしなごとを書き留めておこう。それが読者の方々にとって、なんらかのスパイスになればとの願いもこめて…。

 

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川中島の合戦、らしきもの

2008.05.04

 5月3日、米沢上杉まつりに行ってきた。なんと河川敷で川中島合戦を再現するというのだ。川中島は長野県にあるはずなのに、それを米沢でやるとはけっこうちゃっかりしているなあと感心しながら北へ向かった。

 川中島の合戦は、戦国最強の名をほしいままにした武田信玄と上杉謙信両雄の5度にわたる戦いである。中でも4度目の戦いは、戦国史上最大の激戦と言われる。

 小学生の頃、源平合戦記を夢中になって読んだ私は、その後軍記ものに惹かれ、お決まりの戦国時代へと興味は進んでいった。戦国武将の中で誰がいちばん好き? という話題は、歴史好きなら避けて通ることはできない。はじめに私が惹かれたのは上杉謙信であった。なにしろ謙信は、義のない戦いはしない。いつも正義の味方だ。敵に塩をおくったり毘沙門天にハマッてしまったり内部抗争に嫌気がさして出奔してしまったり、と、けっこう悩める武将なのであった。

 一方、信玄は実の父親を追放して家督を継ぎ、実子を幽閉して死なせてしまった、いわゆる悪役的要素たっぷりの人。正義感あふれる高久少年は、当然のように謙信に惹かれたのである。

 ところが、いつしか逆転してしまった。いろいろと戦国の軍記を読むうち、信玄が最も好きな武将になっていたのだった。ちなみに信長の斬新かつ明快な発想も好きだが、いかんせん死ぬのが早すぎた。秀吉はあまり好きになれない。どうも品がないし、センスも感じられない。司馬遼太郎の『関ヶ原』が小学時代以来の愛読書だったため家康はずっと嫌いだったが、最近になって評価が変わってきた。理想像というものは変わるものだ。

 ところで米沢の川中島合戦であった。

 まさに私はアウェーの気分だった。桟敷席が満席でとれず、立ち見を余儀なくされたが、老若男女ほとんどが謙信ファンである。うかつにも「信玄!」などとエールをおくろうものなら、袋叩きにされたことだろう。

 謙信が単騎で信玄の本陣に駆け込み、馬上から信玄を斬りつけるという、有名なシーンも再現された。ただ、あれはかなり難易度が高いのだろう。本来であれば、信玄は床几に座ったまま謙信の太刀を軍配で受け止めるのだが、謙信が太刀を振り下ろしやすいよう、立って受けていた(写真は、そのシーン)。

 いろいろ難点もあったが、このようなイベントが毎年行われているなんて、いいなあと思った。兵士の役で地元の高校生や外国人も参加していた。妻女山から戻ってきた高坂弾正率いる武田本隊は本気で川を渡っていた。その「なりきり」ぶりがいいのである。それを大勢の見物客が愉しむ。そんなこんなに、さまざまな愛着が生まれるのだと思う。

 また、関ヶ原直後に製造された実際の鉄砲を使って、米沢駅前広場で発砲を公開したのだが、これにはかなり驚いた。音の大きさにも驚いたのだが、あのようなことを許可した米沢警察署の粋なはからいに驚いたのである。まさに米沢は上杉一色だった。

 夏のような陽気の中、ほぼ6時間もの間、立ちっぱなし歩きっぱなしだったが、満足度はけっこう高かった、と報告しておこう。

(080504 第48回)

 

 

 

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