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自分が好きなことを見つけて無我夢中で取り組み、ひとつずつ目標をクリアする。そうやって愉しみながら、自分という人間をぶ厚くしていく……。今がベストで、未来には未知の楽しみがある。これが、多樂の本質である、と『多樂スパイラル』のまえがきで書いたが、その原理原則は今も変わっていない。

日々の生活のなかで、森羅万象に潜む多樂をいかに味わうか。心に映りゆくよしなごとを書き留めておこう。それが読者の方々にとって、なんらかのスパイスになればとの願いもこめて…。

 

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ウブドの森の記憶

2013.10.15

アマンダリ あらためて自分の半生、特に起業してから今までのことを思い起こすと、仕事と遊びの波が極端な高低差で続いてきたことがわかる。

 当然ながら、創業期は楽しみながらも死にものぐるいで仕事をした。ある程度落ち着くと、優秀な社員に仕事をまかせ、ずいぶん遊んだ。ところが、雑誌媒体をもつようになると一転して仕事漬けの毎日となり、その後はその高波が増すばかりである。

 ある一時期、およそ10年間ほどアジアのリゾートにのめりこんだ。主にタイ、インドネシア、マレーシア、フィリピンの4カ国だが、さまざまなリゾートホテルを堪能した。そのために、多くの時間とお金を費やした。そのときの記憶の貯金が脳裏や肌の奥に残っている。だから、仕事でパンパンになってくると、その記憶を引き出すべく、「符号」を用意する。例えば、サビのない単調な音楽やお香などだ。その途端に、以前味わった極上の快感が甦るのである。

 右上の写真は、バリのアマンダリ。ウブドの一角、アユン渓谷を見下ろすクデワタンにある。バリの棚田を模した三段プールがあるアマンキラの後、ここを訪れたのだが、そのときに味わった微妙な感覚のズレは今でも明瞭に覚えている。

 有名なホリゾンタルスタイルのプールの縁に立ったときだった。眼下に広がる渓谷を見ていたら、目眩がしてきたのだ。奇妙な遠近感のせいだった。谷の中腹には椰子の木が繁茂し、手前には大木が屹立している。霊感はほとんどないが、そのときに、地球は生きていると実感した。なぜ、そう思ったかはわからない。ただ、そう感じたのだった。

 アマンリゾーツといえば、1988年、タイのアマンプリで世界のリゾートファンの度肝を抜くデビューを飾った。創始者であるエイドリアン・ゼッカーのインタビュー記事を読んだことがあるが、あのアマンスタイルのホスピタリティーにはマニュアルがないという。すべて、先輩スタッフが現場でお手本を示しながら教えているだけだと。

 アマンダリでは29の部屋に対し、300人くらいの従業員がいるが、その「おもてなし」のレベルはかなり高い。緻密な研修で鍛えられたものとは異なる、あたたかいおもてなしなのだ。最初、チェックインの手続きがないとかホテル内で食事をしてもサインが必要ないということを知ったとき、驚いた。が、今ではその気になれば、それほど難しいことではないと思う。いずれにしても「コロンブスの卵」の喩え通り、それを実行したことに意義がある。

 こんなことを書いているうちに、また「アジアンリゾートへ行きたい病」が沸々と体の底から湧き上がってくるのを感じる。鳥の囀りを聞き、南国の花々の匂いを嗅ぎながら、素っ裸になって4時間くらいマッサージを受けたい。心身ともにすっからかんになって。

 いくら100歳まで現役を続けるとは言っても、90代になってリゾートもどうなのだろう。

 いっぱい仕事をして、いっぱい遊ぶ。これが私の原理原則だったはずだ。今こそ、それを復活すべきときだ!

 と声を大にして言いつつも、どうやって実行するのかとなると、これといったプランがない。

 さて、どうしよう……。

(131014 第459回 写真はアマンダリのプール)

 

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