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自分が好きなことを見つけて無我夢中で取り組み、ひとつずつ目標をクリアする。そうやって愉しみながら、自分という人間をぶ厚くしていく……。今がベストで、未来には未知の楽しみがある。これが、多樂の本質である、と『多樂スパイラル』のまえがきで書いたが、その原理原則は今も変わっていない。

日々の生活のなかで、森羅万象に潜む多樂をいかに味わうか。心に映りゆくよしなごとを書き留めておこう。それが読者の方々にとって、なんらかのスパイスになればとの願いもこめて…。

 

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書は人なり

2013.07.30

和様の書展 「文は人なり」とも言うし、「書は人なり」とも言う。文字を書くという行為に、人柄が現れてしまうのだろうか。

 私は自他共に認める悪筆なのだが、書はかなり好きな分野だ。以前発行していた『fooga』でも『Japanist』でも、何人もの書家を取り上げている。

 先日、東京国立博物館平成館で『和様の書』展を見た。3時間くらいかけてじっくりと。

 和様(※カズサマではない)とは、中国からもたらされた書法を日本の文化の中で独自に発展させた、日本スタイルの書のこと。平安時代中期以降に社会制度や文化の和風化が進むと、日本独自の仮名が生まれ、仮名と漢字が調和した「和様の書」が生まれたという。

 「三跡」と呼ばれる人たちがいることを初めて知った。小野道風(おののとうふう)、藤原佐理(ふじわらのさり)、藤原行成(ふじわらのこうぜい)のことだ。彼らの作品がたくさん展示されたいるが、なぜ彼らが三跡と呼ばれているか、はっきりとはわからない。

 織田信長、豊臣秀吉、徳川家康ら天下人の直筆も展示されている。なんといってもスゴイのは、出品総数約150件のうち約80件が国宝・重要文化財ということ。はっきり言って、国の宝が満載の書展である。

 それにしても、日本の書は美しい。特に仮名づかいの流麗さは比類がないだろう。頭を揃えないで余白を取りながら書く「ちらし書き」が好きだ。仮名に漢字をあてがうときのルールを少し覚えるだけで文章が読めるようになるのが嬉しいし、どうしてその漢字をあてがったのかがなんとなくわかるからさらに面白い。

 「書は生き物」だとも言う。墨で書かれた書は、時代を超えて生き続けるというのだ。この場合の「生きる」とは、文字通りそのまんまの意味で、実際に書いた人の心を内包しているという。実際、今までに、書にからんだ不思議な話を少なからず聞いたことある。

 ところで、和様の書展を見た後、図録を求めた後、あるモノに目がとまった。水で墨のように書ける色紙だ。乾くと元の真っ白に戻るのだが、筆に水をつけて墨のように書けるというのはなにかと都合がいい。時間がないときでも、さらっと練習ができるし。

 私は本格的に書の道に入ろうとは思わないが、じっくり時間をかけて「自分流」をつくっていきたいとは思っている。

 緒形拳のように。

(130730 第442回 写真は、『和様の書』展のイメージ部)

 

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