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自分が好きなことを見つけて無我夢中で取り組み、ひとつずつ目標をクリアする。そうやって愉しみながら、自分という人間をぶ厚くしていく……。今がベストで、未来には未知の楽しみがある。これが、多樂の本質である、と『多樂スパイラル』のまえがきで書いたが、その原理原則は今も変わっていない。

日々の生活のなかで、森羅万象に潜む多樂をいかに味わうか。心に映りゆくよしなごとを書き留めておこう。それが読者の方々にとって、なんらかのスパイスになればとの願いもこめて…。

 

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生まれる前の自分の意思

2013.07.12

映画「生まれる」 『Japanist』でご紹介した小児科医の真弓定夫氏の講演会と映画『うまれる』の上映会が吉祥寺の武蔵野公会堂であった。

 まず、映画『うまれる』の上映。正直、こういうタイプの感動ドキュメンタリーは苦手だった。「さあ、どうぞ泣いてください」と言わんばかりの作り方は、作為的に思えたのだ。

 でも、この『うまれる』は淡々と事実を積み上げる構成で、それがなかなか良かった。あらためて、自分がこの世に生まれてきたことの不思議を思った。

 冒頭のシーンで、3歳児の約20〜30%が母親の胎内にいた時の記憶があると伝えていた。胎内記憶というやつだ。生まれた瞬間のことを明瞭に語る子どももいた。

 あながち作り話ではないようだ。そういえば、私の娘も幼い頃、「ママのおなかのなかでゾウさんのおもちゃと遊んでいた!」と言っていた。へその緒をゾウさんの鼻と勘違いしたのだろうか。まあ、あの娘ならありえるだろうな。

 胎内記憶も驚きだったが、さらに驚いたのは、受胎する前の記憶がある子どももいるということだ。そういう子は皆、そろって雲の上から下界を見下ろしていたという。なかには、あの夫婦はなかなか子どもができなくて哀しんでいるから自分が行ってあげようと思った子どももいたという。

 ほんとうなのかなあという気持ちもあるが、子どもが揃いも揃ってウソをつく必要があるのだろうか。欲にまみれた大人たちが揃いも揃ってウソをつくケースはゴマンとあるが……。

 ところで、この『うまれる』という映画は、DVDなどソフトパッケージ化をせずに各地での自主上映会で広げていこうという取り組みらしい。なぜなら、ライブ空間での上映会だからこそ生まれる、人と人のつながりを大切にしたいのだと。たしかにそうだろう。家で一人で見ても、ちょっと映画のニュアンスが変わってしまうかもしれない。事実、映画が終わった後、8人で近くの居酒屋へ行ったのだが、「いいものを観た」という共通の体験は、その場を和ませる効果があったようだ。

 

真弓氏講演 映画の後の真弓定夫氏の講演会は、あらためて高い見識と独特の人生観、哲学に感心することしきりだった。82歳の今も、従来と変わらず学び続け、酒を呑み続け、精力的に活動している。13年後までスケジュールが入っているとおっしゃっていた。

 やはり学び続けている人は柔軟だ。ときどき、自分に満足し、学ぶことを放棄している人を見受けるが、そういう人はおしなべて視野が狭くなり、頑迷固陋になっていくようだ。

 そういう人を反面教師にしようと思っている。なぜなら、私ももともとこだわるタイプなので、そういう風になる可能性がある。それを回避するには、一にも二にも、学び続けることだろう。

 いろいろと自戒の念を強くしている。

 (130712 第438回 写真は、ポスターのイメージ部と真弓定夫医師の講演会風景)

 

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