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自分が好きなことを見つけて無我夢中で取り組み、ひとつずつ目標をクリアする。そうやって愉しみながら、自分という人間をぶ厚くしていく……。今がベストで、未来には未知の楽しみがある。これが、多樂の本質である、と『多樂スパイラル』のまえがきで書いたが、その原理原則は今も変わっていない。

日々の生活のなかで、森羅万象に潜む多樂をいかに味わうか。心に映りゆくよしなごとを書き留めておこう。それが読者の方々にとって、なんらかのスパイスになればとの願いもこめて…。

 

Blog TarakuSpice

土鍋でご飯

2013.06.02

炊きあがり 最近、食の大切さを痛感している。というか、それはおよそ人間の体に入るべきではない「まがい物」が巷に溢れていることへの反動でもあるのだろう。

 京都郊外で自給自足をしている若杉友子さん(76歳)の本を読むと、まさに医食同源なのだと思い知らされる。明治時代の軍医、石塚左玄が唱えた食本主義はさまざまな面で腑に落ちる(※腑に落ちるという言葉は、なんて言い得て妙なのだ)。すなわち、「食は本なり、体は末なり、心はまたその末なり」である。体の病も心の病も大元は食にあるという考え方だ。

 若杉さんが主張しているのは、なんといっても、玄米ご飯と質のいい味噌汁を基本とすること。この二つさえあれば、あとは一菜か二菜でじゅうぶんだという。

 江戸時代の諺に「医者にお金をかけるなら、味噌屋に払え」というものがある。

 いい味噌は、大量生産できない。大量に販売される目的で流通されているものは、効率を高めるために途中で無理矢理発酵を早めさせているという。つまり、なんちゃって味噌なんである。そういう味噌が体にいいはずはないし、美味しくもない。体にいいものは、じんわりと旨いものである。

 だから、玄米ご飯と味噌汁。これさえうまくできるようになれば、ツボは押さえたようなもの。

 

 以前、友人から土鍋をいただいたので、それを使ってご飯を炊いてみた。

 白米と発芽玄米の割合を2:1で混ぜ、中火で10分弱。煮立ったところで弱火にして、さらに15分くらい。音と匂いで炊き具合を判断しなければならないところが面白い。

 土鍋だとおこげがつくのもいい。少し堅めに炊き、何度も噛んで食べると、次第に本来の味が口の中に広がってくる。

 最後は、鍋にこびりついていたおこげをこそげ取り、ショウガと黒糖でつくったシロップなんかをつけて食べると、立派なデザートになる。

 はじめてのトライはなかなか満足度の高いものだった。次はいろいろな雑穀を混ぜてみようと思っている。

ご飯と味噌汁

 さて、いろいろな本を読むと、なるべく肉食を避けるよう書かれたものが多いが、私はあまりガチガチにこだわらない。あくまでも野菜や魚がメインだが、体が肉を欲しているときは気兼ねなく食べる。なにしろ、以前、2日に1回、飲酒を控えてもγ-GTPの値が下がらなかったのに、毎晩飲むようになってから下がったということを身をもって体験しているので、あまり原理主義的にならない方がいいと思っている。欲を封じ込めるのもほどほどにしないと、いい結果は現れないのではないか。

(130602 第428回 写真は、炊きあがった瞬間のご飯とテーブルに並べたところ。島田恭子作・桜文様のお椀と坂田甚内作・黒陶波状文箸置き、chilewishのランチョンマット。うーん、道具に負けている)

 

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