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自分が好きなことを見つけて無我夢中で取り組み、ひとつずつ目標をクリアする。そうやって愉しみながら、自分という人間をぶ厚くしていく……。今がベストで、未来には未知の楽しみがある。これが、多樂の本質である、と『多樂スパイラル』のまえがきで書いたが、その原理原則は今も変わっていない。

日々の生活のなかで、森羅万象に潜む多樂をいかに味わうか。心に映りゆくよしなごとを書き留めておこう。それが読者の方々にとって、なんらかのスパイスになればとの願いもこめて…。

 

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巨星、墜つ

2012.11.20

 11月15日、日本画家の松本哲男氏が亡くなった。享年69歳。日本美術院でも重要な位置を占めていた大器であっただけに、残念でならない。

 松本画伯に初めて会ったのは、今からちょうど7年前。当時発行していた『fooga』での取材のためだった。

 ちょうどその頃、画伯は「世界の三大瀑布シリーズ」を描きあげたころだった。世界の三大瀑布とは、ナイアガラの滝、ヴィクトリアの滝、イグアスの滝である。

 最初はほんの出来心だったらしい。このあたりでいっちょ、でかい滝でも描いてみるか、と。それまでにも画伯はグランドキャニヨンなど、でかい風景に挑戦していた。

 しかし、現場で水しぶきを浴びながら描いているうち、巨大な滝に魅了され、結局10年以上の歳月を費やしてしまったという。

 「俺の50代を返してくれという気持ちだ」と画伯は笑いながら言ったが、大仕事をやり遂げた満足感が表情に表れていた。

 宇都宮市内にあるアトリエは、さながら体育館のような大きさだった。広い自宅の敷地内に3つのアトリエがあるが、作品が巨大になるにつれ、アトリエも大きくなってしまったらしい。たしかに三大瀑布シリーズのような大作をたくさん描くとなれば、大きなアトリエが要る。豪胆な画伯は、なんの躊躇もなく体育館のようなアトリエを建ててしまったのだろう。

 取材記事は『fooga』第48号で紹介し、それを再編集したものを『Japanist』第3号でも掲載した。

 私が特に好きな作品は、『ヴィクトリア・フォールズ( 素描)』である。スケッチブックにスケッチしたものを何枚もつなぎ合わせたものだが、鉛筆で描いたにもかかわらず、すさまじいほどのド迫力であった。鉛筆の濃淡だけでこれほどまでに爆音や水しぶきを表現できるものかと唸った。何度見てもこの絵はスゴイ。地球は生きているということが、たしかに表現されている一枚だ。

 ところで、松本画伯といえば、忘れられないエピソードがある。

 第2回目のフーガ・パーティーの後、二次会でのことだ。

 とあるバーで酒を飲んだ。松本哲男といえば、知る人ぞ知る、とんでもない酒豪。

 そのとき、いっしょに繰り出したメンバーは、他に宮大工の小川三夫棟梁、餃子のみんみんの伊藤信夫会長、高根沢町長の高橋克法氏、そして私の5人だった。

 いいかげん酒がまわってきた頃、画伯は突如、いちばん端に座っていた高橋町長を罵倒し始めた。その日のパーティーでのスピーチがひどかったと言う。

 しかし、高橋町長のスピーチはたいへん素晴らしかった。それは私が保証する。

 おそらく、画伯は「素晴らしすぎて」悪態をつきたくなったのだろう。面と向かってさんざんこきおろした後、「だから政治家はダメなんだ」と吐き捨てた。

 その直前、小川棟梁から「あんたには合わないからそんなのやめろ! 芸の肥やしにもなんにもならねえ」と言われたことの腹いせに八つ当たりしたのかもしれない。当時、画伯は東北芸工大学長就任が決まった後だった。それを「似合わないからやめろ!」と初対面の小川棟梁に言われてしまった。宮大工はヤクザもびびるというから、画伯もびびったかもしれない。隣にいた伊藤会長は、終始、えびす様のような表情でにこやかに聞いていた。

 そのときの高橋町長はじつに立派だった。面と向かって罵倒されても眉ひとつ動かさず、じっと聞いていた。反論もしなかった。もののふの風情だった。

 それにしても、カウンターのコーナーに、画家、宮大工、政治家を並べたのだから、なるべくしてなったというべきだろう。私の責任である。

 どうして、あのときの光景を思い出したのだろう。

 酔った勢いとはいえ、あのときの画伯の直情が印象的だった。当たり障りない人間関係の対極にある、けっして褒められた態度ではないが、人間味があった。こきおろしていながら、心の底には共感も感じられた。ウソ偽りのない大自然を相手に、黙々と大仕事をやり遂げた男ならではの真剣さがあった。

 そのような男が、どんな感懐を抱いて天に昇ったのだろう。ただただ残念でならない。

 

 合掌。

(121120 第381回 写真は松本哲男氏と『ヴィクトリア・フォールズ 〈素描・部分〉』)

 

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