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自分が好きなことを見つけて無我夢中で取り組み、ひとつずつ目標をクリアする。そうやって愉しみながら、自分という人間をぶ厚くしていく……。今がベストで、未来には未知の楽しみがある。これが、多樂の本質である、と『多樂スパイラル』のまえがきで書いたが、その原理原則は今も変わっていない。

日々の生活のなかで、森羅万象に潜む多樂をいかに味わうか。心に映りゆくよしなごとを書き留めておこう。それが読者の方々にとって、なんらかのスパイスになればとの願いもこめて…。

 

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改革者の真贋を見極める役割

2012.06.29

 あらためて、この人の信念はブレていないなと思った。中田宏氏の新刊、『改革者の真贋』(PHP研究所)を読んで真っ先に思ったことだ。

 中田氏と初めて会ったのは、今から5年前、2007年4月のことだ。当時発行していた『fooga』という雑誌の取材であった(厳密にいえば、その前年の10月、氏の講演の後、直接取材の申し込みをしている)。

 当時、彼は横浜市長。改革派首長の急先鋒として高い評価を得ていた時期だ。その後、改革に反対する勢力から仕組まれた『週刊現代』によるでっちあげ記事によって世間の評価は急降下。任期満了直前に辞任したことによって、さらに評価は悪化し、その後の参院選でも落選。今は “自由の身” といえば聞こえはいいが、政治家としての地位がないまま、東奔西走し、政治活動を続けている。

 その間、まったくブレていない。この人を衝き動かしている原動力は、いったい何なのかと思わざるをえない。

 5年も交流があれば、どんな人だって最初の印象は薄れ、ひどい場合はボロが出て、評価が裏返ることだってある。しかし、中田氏に対する印象は、一貫して初めの頃と変わっていない。

 「なんとかしないとこの国の将来はない。そのために自分は粉骨砕身やるべきことをやる。そして、やるべきことをやったら、さっさと政治の世界から身を引く」

 使命感と潔さは、あっぱれである。『Japanist』はまさに中田氏との思いの共有から始まったのだが、その思いもいささかも変わってはいない。

 

 さて、この本は、主に横浜改革を中心に、“改革とは” という本質的なテーマに深く切り込んでいる。この世に存在するほとんどの政治家は、二言目には「改革」と口にするが、大半は実行がともなっていない。つまり、口先だけだ。なぜならば、本当の改革とは、命と引き換えにするくらいの覚悟がなければなしえないからだ。

 それから、原発問題に関する明察にも感心した。

 福島原発事故以来、原発論議が活発だが、ほとんどは感情的なレベルのものばかりで、無責任そのものといってもいい。もちろん、議論を交わすということは大切なことだが、もっと本質的な論議をしないと、「原発問題をきっかけに、他の理由で日本沈没」ということにもなりかねない。それを防ぐのが、大局的見地にたった賢明なリーダーの役割であろう。

 中田氏は、「原発ゼロを声高に叫ぶのはいちばん簡単だし、多くの支持を得られるが、自分は段階的に脱原発」という前提の上で、こう書いている。(要約)

●原発が危ないから再生可能エネルギーを増やすという消極的な理由ではなく、能動的に再生可能エネルギーの技術を高め、社会システムとして構築する。

●各地域の電力自給率を高めることを目標に据えて、それぞれの地域性に合った地産地消型の供給体制を目指す。

●今後、世界は深刻な電力不足に見舞われ、その解決策として原発を大量に建設する。そこで発生した事故に対し、日本の原発技術が必ず生かされる、等々。

 特に3つ目の着眼点は、つねづね私が言っていることと同じである。今の原発論議は、国内しか見ていないが、自然界に国境はない。つまり、視点をぐーっと引いて、地球規模で判断していく必要がある。

 すると、世界の原発建設の流れは誰にも止められないということがわかる(日本が止めるべきだという意見は、まったく現実味のない絵空事だ)。お隣り中国でも200基近い原発建設予定がある。当然のことながら、沿岸部にも多数建設されるだろう。

 さて、ここが問題だ。新幹線の事故を見てもわかるように、中国のお粗末な技術が原発事故を起こさないはずがない。そのとき、放射能は偏西風に乗って、日本にやってくる。黄砂と同じように。そうなったとき、日本の原発技術者がいなくなっていたら、何の対処もできず、あっという間に汚染列島になる。こういう事態を考えたことのある人はどれくらいいるのだろう。

 あらためて思うことは、中田氏はバランスのとれたリアリストだということ。しかも、情もバランスよく混じっている(例えば、小学5年生の女の子からの手紙によって売春街の浄化を決意した等)。今後、大きな苦痛をともなう日本再建において、氏の手腕が発揮される日がくると信じている。

 

 リアリストといえば、私が戦後の総理大臣で最も評価するのは、岸信介である。

 岸は今でも「妖怪」「アメリカのスパイ」などと言われることがあり、嫌われ者の一人だが、彼の功績をきちんと総括しない日本人て、いったい何なのかと思うことがある。政治家は、どんなに批判を受けても、「今はわかってもらえなくても、歴史が証明してくれる」という思いによって信念を貫くことがあるが、後生の人たちが歴史を総括しないのであれば、永久に報われないということだ。日本人は、案外冷たい民族なのかも(あるいは、単に無関心なだけか)。

 岸は、言うまでもなく、日米安保を推進した人だ。当時、安保反対を叫ぶ学生たちが国会や岸の自宅を取り巻き、シュプレヒコールをあげていたが、岸はまったくブレることなく、黙々とやるべきことを実行した。

 もし、あのとき、岸が屈していたら、と思うと背筋がゾッとする。あの安保反対運動はソ連共産党が日本共産党を遠隔操作し、左翼メディアや小田実ら共産圏に懐柔された知識人たちによって仕組まれたものだが(学生たちのほとんどは、わけもわからず叫んでいただけ)、日米安保がなかったら、ソ連軍が介入してきた確率は相当高い。地政学的にも重要な位置にあり、丸腰の日本を、あの狡猾なソ連が指をくわえて見逃すはずはない。共産主義が拡大することを恐れて、アメリカが徹底的に守ってくれたかもしれないが、いずれにしても日米安保が更新されなかったら、ただでは済まなかっただろう。そう考えると、あのデモの首謀者は騒擾攪乱罪で厳罰に処されるべきであった。

 ずいぶん、話がそれてしまったが、真の改革者か贋の改革者か、見極める役割は国民

が担っている。

http://www.amazon.co.jp/dp/4569805159/ref=sr_1_2?ie=UTF8&qid=1340947970&sr=8-2

(120629 第350回 写真は、『改革者の真贋』)

 

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