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紺碧の将

インド人の底力

2011.11.28

 神様は人間を平等につくってはいない。優秀な民族もあれば、そうでない民族もある。例えば、ベトナムとカンボジア。地理的にはほぼ同じ。しかし、人間の質は明らかに異なる。もし、このブログの読者にカンボジア人がいるとしたら、あらかじめ謝罪しておきたいけど、やはり両者のちがいは認めざるを得ない。

 では、日本人はどうか? いろいろ欠点もあるが、総合力では世界でもトップクラスの優れた民族と言っていいだろう。なにしろ、世界でもっとも長い歴史をもっていて、一国でひとつの文明を築き上げたのだ。こんな小さな国土で、しかも7割近くが森林だというのに、世界経済の3極のひとつに名を連ねていることだけでも奇跡的だ。慎み深く、礼儀正しい国民性は、先の震災でも世界からの称賛の的となった。

 日本以外では、どの民族? と訊かれれば、躊躇することなく、インド人と答えたい。ドイツ人も優秀だが、インド人の凄さを忘れてはいけない。

 たしかに、現在は貧しい人が多い。スラム街はほんとうに悲惨だ。近代にはいってからの歴史は、同情するにあまりある。

 しかし、彼らの力を侮ってはいけない。なにしろ、打てば響くような明晰さと真理をつかむグリップの強さを備えている。おそらく、それは血脈に受け継がれているのだろう。歴史的に、偉大な宗教家、哲学者、数学者、天文学者、詩人などを数多く輩出したのは偶然ではない。むしろ、真理の追究において、インド人の右に出る民族はいないのではないか。

 

 右上の写真は、インドのマハラーシュートラ州にある世界遺産、アジャンター石窟群。ワゴーラー川沿いの断崖の彫られた巨大な石窟は大小30。ひとつひとつ奥行きが深く、それぞれに仏像や壁画がある。じっくり見ようとすれば、一日は要する。

 この石窟群は、19世紀はじめ、あるイギリス人が虎狩りをしていて、巨大な虎に遭遇してワゴーラー渓谷に逃げ込んだ際、偶然発見したらしい。つまり、それまで長い間、文明史の表舞台に出ることはなかったのだ。人間が造ったにもかかわらず。

 開窟年代は、前期と後期に区分され、前期は紀元前1世紀から紀元後2世紀に築かれているという。

 この石窟群に行くにはちょっとした坂を登る必要があるのだが、地元のインド人が背中に観光客を背負って送り届けるサービスがある。人が座れるようになっている背負い籠に人を乗せて。

 だいたい、この程度の坂を登れないのは、白人の太ったご婦人だ。なぜか白人は40代を過ぎるとブクブクと太り始め、あちこちでスッテンスッテンと転ぶようになる。そのような巨体を担いで山を登るというだけで、インド人のパワーを思い知らされるのである。

(111128 第299回 写真はインドのアジャンター石窟群)

 

 

 

 

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